他人との共感、そして音楽


日経・春秋より
音楽がこれだけ生活に浸透していながら、ふと口ずさんだり、人生の節目に仲間と合唱したりする歌が少なくなった。それを他人との共感を見失った社会の証しと見たくはないが、かつては唱歌や流行歌に加えて学校で校歌を合唱する機会も多かった。いま若者の心をつなぐのはサッカー場で歌う応援歌だろうか。
そうですそうなんです、他人と共通でハナウタうたえる曲が減ってきてると、思いませんか?私は近年のチャンネル多様化ってのに付随して起こる現象として、危惧してます。今小学生の子供さんとか、どうなんだろう?ゲームにしてもTVにしてもすごーく一杯選択肢があってネタが合わない故のコミュニケーショントラブルとかありそう。。だって私達大人だって既にネタ合わせは労力入りますからね
てなわけでレコード会社とか、情報を操作する役目な人達の存在意義はこんな所にもあったりする、と思います。堀江社長はジャーナリズム不要だ、とおっしゃってるようだけど、インターネット上で行われるような自由な発言とは逆に、意見統制を欲しがってる人々も多いよきっと
そ、れ、に、
やっぱ記憶に残る音や詞が求められるところでもあります
100人乗っても大丈夫なような
100年続きますやうな